エスカレーターの無駄

しばらく前にエスカレータを立ち止まらず歩いて上るのは危険だから止めましょうというお役所の発表があった。余計なお世話だと思っていたが、近頃はそうすべきだと思う。危険だからとか云うつもりはない。やり過ぎで無駄なのだ。

東京も含め、大都市では右側を急いでいる人のために開けておく(関西では左側)というのがいつの間にかマナーとして定着している。まあ、適当に空いている時は良いだろう。しかしどうだろう、近頃、右側は全く人がいないのに、左側は処理しきれずにエスカレーターの前に行列して渋滞いるという光景をよく見かける。一車線まるまる空いているのに、大渋滞しているわけだ。それもたかだか数十秒ほど短縮したいせっかちな人のためだけにである。なんともきまじめな日本人にありがちな、アホな光景と外国人に笑わているのではないかと思うのだが、どう考えてもこれはおかしい。

せっかちな人は階段を上るべきだし、混雑していれば右側も使えばよい。それくらいは自分で判断すべきであろう。混雑していれば率先して右側に経つべきである。

しかし何より、重い荷物でもなければ階段を使おうではないか。人類が生き残るためにも、健康のためにも。

エスカレーターの無駄” への2件のフィードバック

  1. ほんとそう思います。
    エスカレータの場合は法律もないですしね。
    なんのためのルールか理解しないで、したがっている人があまりにも多い気がします。
    車がまったくない時に信号を守るのにも出ていると思います(これは道路交通法違反にはなるので難しい課題ですが)
    同じ経験で悲しくなるのは、満員電車の中。
    少し奥へ行けばゆったり立てるのに、なぜかギュウギュウな場所の扉前に人がたくさん群がっている。知らない人に圧迫されて疲れてでも早く外に出たいのでしょうかね・・。

  2. 「福岡の交通マナーは悪いでしょう」と福岡の人は良く言います。しかし関西人を基準にすれば、悪いどころがむしろ良い部類に入る気がします。横断歩道でも車は見渡す限り走っていないのに、全ての人がじっと信号が青になるのを待っています。福岡に来て2年になりますが、信号を無視している人を見たことがありません。本来ならこれは褒められるべきことなのでしょう。順法精神。今風に言うとコンプライアンスということになるのでしょうか。
    しかし何事も行き過ぎは良くありませんよね。堅苦しい世の中になりますし、悪事が陰湿化します。一方で、融通無碍も時間が経って本来の意味を忘れてしまうと、お役所の官製談合や天下りのようになってしまいますし。中道の道は、簡単なようでなかなか難しいようです。

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