崇福禅寺

自転車通勤について書いたついでに、その途中にある崇福禅寺について

崇福寺の方が通りが良いが、山門横の石柱には崇福禅寺とある。黒田家の菩提寺として有名であるが、つい最近自坊で修行中の僧侶による放火があったことでも有名。九大医学部近くにあるので、前回自転車で大学に行った帰りに寄り道をしてみた。山門、伽藍など非常に立派である。土曜日なのだが人影はまばら。しかし、参道には数軒、絵馬やら線香などを売る店が軒を連ねており、それなりの参拝があるのだろう。さて、墓地の地図に目をやると黒田家とほぼ同じ広さの墓域をしめる一団がある。玄洋社である。中央には頭山満先生之墓と書かれた巨大な墓石がそびえ、近くの黒田家の五輪塔型の墓石とほぼ同じ大きさを誇っている。周辺にはその他の社中であろうか、6,7つの墓石が並んでいる。しかし、黒田家の墓域は松が植えられ、それなりの手入れがされているのだが、玄洋社については、日を遮る物がなにもなく、草はぼうぼうでなんともわびしい。強者どものという感じだ。今、読んでいる本に、この頭山満が頻繁に出てくることから、なんとも印象深い出会いであった。

この本は「中村屋のボース」という本である。恩師の一人から勧められたのだが、これがなかなかおもしろい。インド人でボーズと云えば、独立の志士として有名なチャンドラ・ボーズだが、これとは別人のラース・ビハーリー・ボースについてである。新宿にあるパン屋中村屋に亡命中のインド人が滞在し、その最中にインドカリー(カレーではない)を伝授したという話は知っていたが、恥ずかしながらこのインド人をチャンドラ・ボーズだと思いこんでいた。ちなみに、この二人は同郷ということで、ボーズという姓の人が多いらしい。音響機器で有名なボーズ博士も父親がインドからの移民であるから、これまた同郷かも知れない。さて、このラース・ビハーリー・ボースの日本での滞在を強く支えたのが頭山満以下、当時のアジア主義を信奉する人々だったのである。中村屋といえば大学がすぐ近くであったことからもなじみ深く、また、逃走中のボーズが立ち寄る、頭山満家やその社中の家が、四谷近辺や六本木でこれまた下宿に近く、ああ、あの辺ねとすぐに頭に追い浮かぶ場所だ。ちなみに、本文で登場する孫文の住まいは神奈川であるが、大久保近くに住んでいたこともある。

そのようなこともあり、ふと立ち寄った先で出会った頭山満の墓には、何となく親近感を覚えたという訳だ。この本については、また後日述べる。

さて、山門のお店では、人の絵が描かれた絵馬が売られているが、これが何とも不気味な品物だ。いわゆるムサカリ絵馬風なのだが、男女それぞれ一枚に書かれている。なんなのか今度聞いてみることにしよう。

こうなると、寺を見かけるとすごく気になる。自宅近くで大きな寺の甍を見かけ、回り込んでみる。今度は金龍寺というお寺である。これまたなかなか立派。最近完成したと思われる信徒会館もかなり力が入っている。なにやら会合をやっている風だが、怪しがられたのか女性が出てきて声をかけられる。「お参りですか」「まあ、そうです」「それならパンフレットあげましょう」「ここは禅寺のようですが、座禅会とかやっていないのですか」「そこまで手が回りません」と若奥様風。こういう都市型の寺院はいったい何で忙しいのかよく分かりませんが・・・・。さておき、パンフレットには、ここにお墓のある貝原益軒の解説が。貝原益軒といえば養生訓ですが、昔、高校の先生に、何を喩えたかは忘れてしまったのですが、まあ「接して漏らさず」ですね、と云って、えらく怒られた記憶が蘇ります。

こうして、自転車で福岡の街を走ると、何とも縁があるように感じられ、また一段と興味が沸くという効果もあったようです。少しでも長続きに役立てば良いのですが。

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  1. アジアと日本のこころ
    頭山満生誕150年祭
    ■日時
    平成18年2月17日(金)
    午後6時30分開会
    ■場所
    明治記念館
    港区赤坂2-2-23
    TEL 03-3403-1171
    ■会費
    5000円
    (30歳までは無料)
    ■記念講演
    ●大アジア主義と頭山満
    評論家
    松本健一
    ●頭山・葦津の精神継承と現下の危機
    憲法・皇室法研究家
    田尾憲男

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